2026.6.21メッセージ内容

「わたしについて来なさい」 ルカ 5:1-11

「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう」(マルコ1:17)

皆さんにとって、イエス様に従うとはどういうことでしょうか?今日は、シモン・ペテロが弟子として招かれた箇所から、イエス様に従う新しい歩みを学びましょう。

1、み言葉に従う祝福

群衆が神の言葉を聞こうとしてイエス様に押し迫ってきたとき、主はゲネサレ湖の岸辺におられました。神のみことばに期待している人々とは対照的に、シモンは漁から戻って網を洗っていました。シモンは姑がイエス様によっていやされた奇蹟(4:38,39)によって、イエス様がどのようなお方かを知っていたはずです。イエス様は、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれました。それは、押し寄せてきた人たちに福音を伝えるためでもあり、シモンの信仰の成長のためでもありました。

話が終わると、シモンに「深みに漕ぎ出し、網を下ろして魚を捕りなさい」(4)と言われました。シモンの答えは、夜通し働いても、何一つ捕れなかった(5)という現実です。漁はシモンが長年行ってきた仕事であり、得意なことでしたが、頑張っても成果がなかったという自分の限界を認めたのです。「でも、おことばですので」と、イエス様に言われたとおりに実行すると、その結果は、網が破れそうになるほどの大漁でした。

主は私たちにも、信仰の深みに漕ぎ出すように求めておられるのです。現実は厳しくても、あきらめないでみ言葉に従うかどうか、ここが信仰のターニングポイントになります。

2、イエス様に対する信頼

驚くばかりの大漁を見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから」(8)と言いました。「先生」から「主よ」に呼びかけが変わったのは、イエス様の全知全能の神性を一瞬にして感じ取ったからでしょう。シモンは、これまで自分の力を頼りに、自分中心に生きてきた罪深い人間であることを主が見抜いておられると感じて、畏れおののいたと思います。自分の弱さや限界に気づいて打ちひしがれていたシモンに、主は「恐れることはない」と優しく声をかけられました。主は任せて安心なお方です。

3、イエス様に従う人生

主はシモンに、「今から後、あなたは人間をとるようになるのです」(10)と言われました。それは、人々に神の国のことを伝え、皆をイエス様のところに連れてくるということです。イエス様は、ご自分の働きを共にする弟子として、シモンを招きました。その言葉に応じて、「彼ら」(シモン、ヤコブ、ヨハネ)は、すべてを捨ててイエスに従いました(11)。

主はあなたにも、「わたしについて来なさい」と招いておられます。クリスチャン生活は、今までの生活の延長線上ではなく、全く新しい歩みです。私たちにとって、すべてを捨ててイエス様に従うとは、イエス様を第一に、何よりも最優先にすることです。皆さんが大切にしている家族や仕事や趣味と、イエス様とは、横並びではなく、次元が違うのです。

私たちは自分の弱さを知れば知るほど主に頼り、主の愛の深さを知れば知るほど主に従う者に変えられていくのです。導いてくださる主に信頼して、喜んで主に従いましょう。

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