「死者を生かす神」 ローマ 4:17-22
「『わたしはあなたを多くの国民の父とした』と書いてあるとおりです。彼は、死者を生かし、無いものを有るものとして召される神を信じ、その御前で父となったのです。」 (ローマ4:17)
1、創世記に記されたアブハラムの信仰
アブラハムの生涯を概観します。
①75歳、アブハラムは神の約束を信じ、カナンの地に到着しました。その約束は、彼を通して全人類が神の祝福を受けることです(創世記12:1−3)
②アブハラムは、子孫が天の星のように神が与えてくださると信じました。「アブハラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた」(創世記15:6)。彼の「信仰義認」です。
③86歳、アブハラムは、女奴隷ハガルによって、イシュマエルという子をもうけてしまいます。大失態です。その後13年間、神との沈黙が続きます。
④99歳、再度、神の方からアブハラムに契約の再確認します。「わたしはあなたを多くの国民の父とした」(創世記17:5)。その契約の再確認のしるしとして、割礼を施します。
⑤アブラハム、妻サライの不信仰。 神がアブラハムに男の子を与えることを告げると、「アブラハムはひれ伏して、笑った。そして心の中で言った。『百歳の者に子が生まれるだろうか。サラにしても、九十歳の女が子を産めるだろうか。』」と、神の約束を否定します(創世記17:17)。主の使いが妻のサライに男の子が生まれると告げると、「サラは心の中で笑って、こう言った。『年老いてしまったこの私に、何の楽しみがあるでしょう。それに主人も年寄りで。』」と皮肉な笑いで応答します(創世記17:17)。
2、ローマ書によるアブハラムの信仰
ローマ書では、アブハラムの信仰は「彼は望み得ない時に望みを抱いて信じ」(18節)となっています。男の子が生まれると告げられた時、「その信仰は弱まりませんでした」(19節)、「不信仰になって神の約束を疑うようなことなく」(20節)と、どうして、創世記の不信仰や失敗の記録とは、真逆の高評価のようになっているのでしょうか。
3、「死者を生かし、無いものを有るものとして召される神」
アブハラムの不信仰、挫折、大失態にもかかわらず、神がアブハラムを立ち上がらせ、信仰を与えたからです。人間的には暗黒、絶望、滅びの結末です。しかし、神は、「死者を生かす神」、「無いものを有るものとして召される神」(無から有を呼び出す神)(協会訳)です。
否定したアブハラム対しては、「神は仰せられた『いや、あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサクと名づけなさい。わたしは彼と、わたしの契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする』」(創世記17:19)と、宣言しています。
否定した妻サライに対しては、「主にとって不可能なことがあるだろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子が生まれている。」と断言しています(創世記18:14)。
私たちが不信仰、挫折し、皮肉に笑ってしまっても、神は、それで終わりではなく、そのような者の信仰を引き上げ、回復し、神の約束を成就してくださるのが、アブハラムの信じていた神であり、私たちの神でもあります。