2026.8.9メッセージ内容

「神への献身」 ローマ 6:12-14

「また、あなたがたの手足を不義の道具として罪に献げてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者としてあなたがた自身を神に献げ、また、あなたがたの手足を義の道具として神に献げなさい。」 (ローマ6:13)

信仰義認の恵みに生きているクリスチャンは、皆「神への献身者」です。

1、罪に対して死に、神に生きる

「同じように、あなたがたもキリスト・イエスにあって、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと、認めなさい。」(11節)に続き、「ですから」(12節)は、11節を「認めた」私たちクリスチャンのことです。

ローマ6:11までは、福音の提示、罪の真相、キリストの十字架と復活による信仰義認の恵みを、繰り返し伝えてきました。

それは、神によって、「罪人から義人に」、「死ぬ者から永遠に生きる者に」、変えられた身分になったことを確認させます。神は、その身分を取り消すことは決してないのです。だから私たちもしっかりと確認し、自ら放棄するような愚かなことをしてはならないのです。

神の恵みにより、信仰によって救われた身分になっているのです。「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:8−9)。神の子の身分がはっきりしているからこそ、その身分にふさわしいクリスチャンの生き方ができるのです。実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」(エペソ2:10)。

2、過去、罪に献げていた

「ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪に支配させて、からだの欲望に従ってはいけません。また、あなたがたの手足を不義の道具として罪に献げてはいけません。」(エペソ12、13節a)。過去は、この世にあって、罪に支配され、体の欲望に従い、自分の体を、罪を犯すために、「罪に献げていた」のです。

しかし、今は、罪の中に生きていないのです。「それは、あなたがたが地上での残された時を、もはや人間の欲望にではなく、神のみこころに生きるようになるためです。あなたがたは異邦人たちがしたいと思っていることを行い、好色、欲望、泥酔、遊興、宴会騒ぎ、律法に反する偶像礼拝などにふけりましたが、それは過ぎ去った時で十分です。」(Iペテロ4:2−3)。

3、現在、神への献身者となった

「むしろ、死者の中から生かされた者としてあなたがた自身を神に献げ、また、あなたがたの手足を義の道具として神に献げなさい。」(13節)。「あなたがた自身を神に献げ」とは、私たちクリスチャンの自覚的な信仰で、人生の節目で再確認することが大切です。

そして、現在、この世にあって、自分の体、時間、人生、財を、神に用いられる生き方ができるのです。どんな小さなことでも、神に用いられるならば、なんと幸いでしょうか。

私たちクリスチャンは、この世では苦労は多いかもしれませんが、神の「恵みの下」(14節)にあるので、神を喜び、神と共に、神に支えられて、神への献身者としての生き方ができるのです。

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