「新しい天と新しい地」 ヨハネの黙示録21:1-8
「私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。『見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる』」。 ヨハネの黙示録 21:3
1、新しい天と新しい地とは、聖書全巻の神の壮大な救済史の完結
「はじめに神が天と地を創造された」(創世記1:1)と、この世界は神の創造から始まり、人間が神のかたちに似せて創造されました(創世記1:26)。そして、人は神の言葉を破り、罪を犯し死ぬ存在となりました。しかし、神は人を罪と死から救うために、神の御子・イエス・キリストをこの世に遣わし、十字架の死と復活によって、罪を赦し、義とし、永遠の命を与えられました。今は、その救いが全世界に伝えられ、信じる者は誰でも救われる時代です。この世の終わりには、主イエス・キリストが再臨され(黙示録19:11−21)、最後の審判が行われ(黙示録20:11−15)、そして、神に創造による「新しい天と新しい地」が到来します。
⑴ 神による新しい世界:「以前の天と以前の地は過ぎ去り」(1節)とは、「見よ、わたしはすべてを新しくする」(2節)と神ご自身が宣言されています。新しい世界では、過去の世界のものを引きずり、苦しむことはありません。
⑵神に救われた多くの人々:「聖なる都」「新しいエルサレム」とは旧約時代の人々です。「花嫁」(2、9節、19:6−9) とは新約時代、主イエス・キリストによって救われた人々です。自分でこの世界に入ってきたのではなく、キリストの花嫁として神に装われ、天から降ってきました(2、10節)。この「都」は、「一万二千スタディオン」(約2232km)で、現世ではあり得ない巨体な立方体で、大群衆でも有り余るほどです。宝石のような美しい世界で、神の栄光があらわれています。
⑶神からの命、恵み、癒し:御座から「いのちの水の川」が流れ「いのちの木」があります(22:1−2)。回復したエデンの園と言っても良いでしょう。
2、新しい天と新しい地に、あるもの、ないもの
⑴あるもの:神と主イエス・キリストの実在:
「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる」(3節)。「わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる」(7節)。「御顔を仰ぎ見る」(22:4)
⑵ないもの:「死」(4節)「のろわれたもの」(22:3)
死がない世界で、墓はありません。人々は主イエス・キリストと同じ栄光のからだが与えられ、永遠に生きる者です。罪がない、悪魔がいない、神の反逆する「のろわれるもの」がないのです。過去の悲しみ、叫び、苦しみは、神ご自身が涙をぬぐい取ってくださいます(4節)。
3、新しい天と新しい地に入る者
⑴キリストの花嫁(2節):人の善行や功績で入るのではなく、ただ、私たちの罪のために十字架で贖いの犠牲となられた子羊なるキリストを信じる者です(27節)。
⑵新しく生まれ変わる者(5節):自分で自分を変えることも、自分できよくなることもできません。日々、キリストによって新しくされた者です(IIコリント5:17)。
⑶神の言葉を信じる者(6−7節):自分の感情や経験に根拠を置くのではなく、永遠に変わらない神の言葉に確信を持つのです。