「神に用いられた人」 使徒9:31-42
ペテロはかなりの期間、ヤッファで、シモンという皮なめし職人のところに滞在した。(43節)
ペンテコステの日以降の教会の成長はすばらしいものでした。最初はペテロやヨハネのような使徒たちが指導者でしたが、時間たつにつれて使徒以外の様々な人たちが教会に加わり、彼らが使徒の働きを受け継いだのです。その中の3人に注目してみましょう。
一、アイネヤ
エルサレムから約60km離れた地中海沿岸の大きな町ヤッファに行く途中に、リダという村がありました。その村にアイネヤという聖徒が住んでいました。彼の家が教会として用いられていたようです。ペテロはそのような家を巡回して、福音を語っていたと思われます。このアイネヤは中風を患っていたのですが、ペテロが主を信頼して「イエス・キリストがあなたを癒やしてくださいます」と宣言した時、そのとおりになりました。
聖書には多くの癒しの記事がありますが、現代では、主による癒しのわざはこれほど顕著に見られることはありません。しかし、今でも必要な時に奇跡はおこります。大切なことは、「人々はみなアイネアを見て、主に立ち返った」という一句です。癒しは、人々が主に立ち返るために用いられました。彼は一人の病人でしたが、神はその病を宣教に用いられたことは大切です。
二、タビタ(ギリシャ語ではドルカス)
また、ヤッファに住む女性の弟子タビタ(日本語では、かもしかという意味)についても言及されています。今と違って、当時の女性の地位は低かったのですが、彼女は「多くの良いわざと施し」をしていました。貧しい人々に対して、女性の視点で、細やかな愛の配慮をしていたのでしょう。そんな立派な彼女だったのに、病気になって死んでしまったのです。仲間たちは、すぐに使いを出してペテロに来てもらいました。
タビタに助けてもらっていたやもめたちは、残念でなりません。彼女に作ってもらった着物をペテロに示し、泣いていました。ペテロも大きな痛みを覚えて祈ったところ、なんと彼女は生き返ったのです。やもめたちも、教会の人々も大喜びでした。そしてこのニュースがヤッファに広まり、多くの人々が主を信じることになります。
三、シモン
このヤッファの町には、いろんな職業の人々が住んでいました。「皮なめし」という仕事は死んだ動物を扱うので、ユダヤ人には嫌われていたようです。ところが、そんな人が主イエスを信じたので、ペテロは、あえて彼の家に滞在することにしました。主イエスが取税人や遊女の家を訪問されたことが、ペテロに大きな影響を与えていたからに違いありません。このことが、次の章で大きな意味を持つことになるのです。
10章には、コルネリウスというローマ人の百人隊長が登場します。ユダヤ人には嫌われていた異邦人ですが、旧約聖書の神を恐れている敬虔な人でした。この人が、御使いからペテロに会うように告げられ、彼を招くことになります。そしてペテロが彼と会ったことが、異邦人宣教が開始するきっかけとなりました。皮なめし職人シモンは、不思議な形で神様に用いられたのです。
たとい病人であっても、女性であっても、卑しい職業であっても、神様の目からみれば、一人ひとりが尊い存在です。そして、神様のご計画が実現するために、様々な形で用いて下さるのです。それがわかるなら、私たちは今置かれているところで、精いっぱい生きることができます。