「生死の心配を神に委ねる」 ヨハネ14:1-6
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(Iペテロ5:7)。
私たちの生活は不安に囲まれ、心配の種がつきません。自分の力や人の助けによって解決しようとします。それでも万策尽きて、途方に暮れてしまうことがあります。その時、私たちは、どうすれば、「希望の扉」が開かれ、不安を超える力を得ることができるでしょうか。
宗教で金銭問題やカルト被害を経験した人は、宗教嫌いになってしまいます。しかし、人は健全な宗教を持っている必要があります。生死の問題が起こった時、多くの人は、自暴自棄になったり、偽宗教に騙され何もかも失ってしまいます。宗教者の真価は、言葉だけでなく、生涯の最期で判断できます。聖書箇所は、主イエス・キリストの十字架の死の前の場面です。
1、心を騒がせず、神と主イエスを信じる(1)
人は、死に際して、様々な心配が起こり、死を受容できません。しかし、私たちの罪のために十字架で死に、復活された主イエスだけが「心騒がせないがよい」と言えるのです。
2、父の家には住む所がたくさんあります(2)
「永遠の終の住処」は、天地万物の創造者なる父なる神と、私たちの救い主イエス・キリストがいらっしゃる所です。そこで、永遠に憩うことができるのです。人にとっての究極の質問は、「天国はあるのか」、「天国に入る方法は」、「私は天国に入ることができるのか」です。
3、主イエスは、道・真理・命(6)
天国への「道」は、主イエス・キリストの十字架と復活によって開かれました。
天国への道は、「真理」の道であり、信頼して歩むことができます。
天国へ行く力は、主イエスを救い主と信じ、永遠の「命」が与えられて、天国への希望を持って生涯を全うすることができます。