「主イエスの復活の証人」 使徒 2:22-36
「このイエスを、神はよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。」 (使徒2:32)
本日は、イースター礼拝です。聖書テキストはペンテコステでのペテロの説教の箇所です。「私たちはみなそのことの証人です」(32節)と、主イエスを信じる者は「主イエスの復活の証人」であると宣言しています。
1、復活の証人の弟子たち
主イエスの生涯は、神の力あるわざと不思議としるしを行い、メシア(キリスト)であることを神が証明されました(22節)。人々は、「このお方を十字架につけて殺したのです」(23節)。
「しかし神は、イエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせました」(24節)。神でありキリストである主イエスが死人のままでいるはずはないのです(25節)。
福音書を読むと、主イエスの十字架の苦難の死を見た弟子たちは、復活された主イエスをに出会っても、信じることができなかったのです。人は死の事実に打ちのめされて、死の先は絶望です。
復活された主イエスは、弟子たちに、聖書からご自身の復活を示されたのです。「それからイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、こう言われた。「次のように書いてあります。『キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。』エルサレムから開始して、あなたがたは、これらのことの証人となります」(ルカ24:45−48)
2、旧約聖書の復活の預言
「後のことを予見」(31節)とは、キリストの復活の預言(詩篇16:8−11)です。キリストの十字架の贖いの死も、キリストの復活も神のご計画であり預言の成就です。
キリストは、復活後、昇天され、神の右に着座されました(33節)。私たちのためにとりなしてくださっています。「だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです」。(ローマ8:34)
そして、ペンテコステの日、聖霊が注がれました。「神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです」(33節)
3、復活の主を見ていない私たちが証人に
「私たちはみな、そのことの証人」(32節)の中に、主イエスの復活を直接見ていない私たちもその証人の中に入っています。
ペテロの説教を聞いた人たちは、その後、心を刺され、罪を認め、主イエス・キリストを信じ、バプテスマを受けました(使徒2:37−41)。彼らは、目には見えなくても、復活され生きておられる主イエスを信じているのです。
十字架で死なれ、復活された主イエスが教会の頭となっています。私たちは、その主の教会に加えられたのです(使徒2:43−47)。
「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています」(Iペテロ1:8)。主イエスを愛し、喜び、信じ、真心からお従いしましょう。