「アブラハムの義認」 ローマ 4:1-5
「聖書は何と言っていますか。『アブラハムは神を信じた。それで、それが彼の義と認められた』とあります」。 ローマ4:3
安定した信仰を持つために、「事実」、「信仰」、「感情」の順番で、自分の信仰を確認する必要があります。
⑴「事実」:聖書に啓示された事実です。旧約の神の約束と御業、新約の主イエス・キリストの救いの成就の「事実」です。
⑵「信仰」:その「事実」を、素直に信じることです。
⑶「感情」:信じて従っていくうちに、神の臨在を実感し、神への感謝と喜びの感情が生まれます。
1、アブラハムの義認
旧約聖書は、アブハラム(アブラム)は信仰義認の恵みを神から受けていると証言しています(3節)。彼は神に「神の友」(ヤコブ2:23)と呼ばれ、ユダヤ人だけではなく、異邦人にとっても、信仰の「父」です(12節)。
⑴アブハラムの信仰の始まり:75歳、一方的に神に召し出され、彼は「神の祝福」を信じ、神の示される「約束の地」に向かました。ただ、神の約束を信じたのです(創世記12:1−4)。
⑵妥協してしまう現実:飢饉の時、エジプトに行き、ファラオに「妻は妹」と嘘をつきます。しかし、神に助けられて、エジプトから約束の地に戻ります(12:10―20)。その後、甥のロトと別れましたが、その地方豪族に襲われロトを救出します。勇気ある行動です。
⑶信仰義認の場面:「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた」(創世記15:6)。80歳を過ぎても、神の祝福の継承者である子が与えられません。彼は、自分は高齢で、子供が生まれないので、「エリエゼル」が継承するのでしょうかと問います(創世記15:2)。しかし、神は「その者ではなく、 あなた自身から生まれ出てくる者が、あなたの跡を継がなければならない」と神はお答えになりました。そして、満天の星を見せて、あなたの子孫は、このようになると約束されたのです。
人間的に絶対不可能なことを、神は自分に成して下さると、ただ、信じたのです。無から有を創造する神、死者を復活させる神を信じたのです。(ローマ4:17)それがアブハラムの信仰義認です。
2、信仰義認は、働きがない者を義と認める
アブハラムは神を信じていましたが、失敗や不信仰な時もあります。その都度、神の方から語りかけに、真摯に応じ、神に礼拝をささげています。
人間の考え方は「働く者にとっては、報酬は恵みによるものではなく、当然支払われるべきものと見なされます」(4節)。働きとは、宗教的善行です。神は、働きがない人であっても、その信仰を義と認めて下さるのです(5節)。過去、現在、未来、「働き」がない人が、天国に導き入れられるのは、ただ、信仰義認の恵みによるのです。
3、信仰義認は、不敬虔な者を義と認める
「不敬虔」とは、神を知っていても、信頼しないことです。神に対する「一物」が心にあり、不信感、わだかまり、冷淡さ、反感です。神を信じきれない自分を責め、情けなくなってしまいます。「不敬虔」は、罪の発端(ローマ1:18)です。この心は、自分でどうすることもできません。
しかし、こんな心を持っている者を、神は義と認めて下さるのです。自分の不敬虔で不信仰な心に落胆し、「自分は不信仰者」と自虐的になったり、居直ったりする必要はないのです。
信仰義認は、不敬虔な者を義と認めて下さるのです。そして、神は、信仰による従順な者に造り変えて下さるのです。