2025.12.28メッセージ内容

「神のいつくしみと忍耐と寛容」 ローマ2:1-16

「それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか」。(ローマ2:4)

2025年は、どのような年でしたか。いろいろな事がありましたが、主の恵みを感謝する事ができるのではないでしょうか。

1、信仰者の罪とは何か

ローマ書2章から「あなたに」(二人称単数)と、神の選民・ユダヤ人の罪が列挙されます。信仰者が陥りやすい罪です。

①他人をさばく(1節):自分も同じように罪を犯していながら、反省もせず、神側に立ち他人をさばく(マタイ7:1−2新p11)。

②神のさばきを免れると思っている(2−3節):神のさばきを知り信じている信仰者が、罪を犯していながら、「特権意識」を持ち、自分には神のさばきがなく、神は自分の罪を見て見ぬふりをしていると、思っている。

2、神のさばきの奥義

①義なる神の公平なさばき(6−16節)

・一人ひとりの行いに応じてのさばき(6)。

・善悪どちらも公平なさばき(7−9節)。

・ユダヤ人(信仰者)も、ギリシャ人(異邦人)も、「えこひいきがない」さばき(11節)。

・ユダヤ人は律法によるさばき。律法のない民族は、良心によるさばき(12−14)。

②キリスト・イエスによるさばき(16節)

神のさばきの基準は、聖書の啓示で明確に知る事ができる。しかし、神のさばきの執行の全貌を人は知ることはできない。だから、私たちは、自分自身も、他者も、この世の出来事も、全て、キリストに委ねることです。(16節、ローマ11:33−36新P317)。

3、神のいつくしみと忍耐と寛容

神のさばきを免れることができない者に、神は、豊かないつくしみと忍耐と寛容で、「あなた」を包み込んでくださっているのです。

①「いつくしみ」(慈愛):神のさばきを受け、罪人として断罪され、永遠の滅びに堕ちていく者を、神はいつくしんでくださっています。「私はこれを心に思い返す。それゆえ、私は言う。『私は待ち望む。主の恵みを。』 実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ」(哀歌3:21−22旧P1407、ヨハネ3:16新P180)。

②「忍耐」:「主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(2ペテロ3:9新p476)

③「寛容」:神の慈しみが届かない人はいません。「『キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた』ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例にするためでした」(1テモテ1:15−16新P418)。

4、神は悔い改めに導く

神は深く豊かな神の慈しみと、忍耐と寛容に包み込んでくださっているのに、それを軽んじてはいけません。私たちは、心砕かれて、悔い改め(神への方向転換)へと導かれて行くのです。

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